第3回 全国高校生英語ディベート大会で使用する論題の定義(補足規定と解説)
The Definition of the Resolution for the 3rd AllJapanHigh School English Debate Tournament (Supplementary Regulations and Explanations)
2008年10月17日
前文:
年末の第3回の全国高校生英語ディベート大会に向けて,既に幾つもの地方大会が開かれ,多くの学校が練習試合を進めております。各校による参加チームによるユニークな議論が展開され,今年も大変な熱戦が期待されます。ただ地方大会などでは,今年度の論題である「成人年齢の引き下げ」について,様々な解釈が行われ,多少の行き過ぎや混乱などが既におきております。そこで,この文章では,各地で生じた疑問などに基づき,論題の解釈について,統一した規準を事前に打ち出すことにいたします。全国大会では,各地から高校生が集うことになりますが,「だまし討ち」などではなく本質的な部分で議論に集中できるようにしたいからです。
なお,この文章は単なる解説文ではなく,大会運営にあたるHEnDA理事会によって承認を受けた規準です。つまり大会ルールブックに準ずる,特別ルールにあたります。これに違反する論題の解釈は,地方大会では許されていたとしても,全国大会では許されません。全国大会では,ジャッジは,この規準に基づいて勝敗の判定を行うことになりますので,これに違反した議論は,対戦相手の反論によらず,「門前払い」となる可能性もあります。
全国大会の全参加チームは,この文章に目を通し,よく理解した上で全国大会に臨まれるとともに,場合によっては既に準備した議論の見直しをお願いします。
1.論題(大会要項での規定):
Japan should lower the age of adulthood to 18. 「日本は,法的な成人年齢を18歳に引き下げるべきである」 |
「法的な成人年齢を下げること」の定義としては,①選挙権・国民投票上の権利年齢の引き下げ,②民法・商法上の契約などの権利年齢の引き下げ,③少年法の対象年齢の引き下げを含むものとします。(逆に,タバコ・酒などは別のディベートにずれてしまうので含まないものとします)
The definition of "lowering the age of adulthood" should include; 1) granting the right to vote at national / local elections & referenda; 2) granting full legal capacity to make commercial/civil contracts (without parental consents); 3) limiting the application of the Juvenile act to juveniles under 18. (Other related legal subjects such as, lowering the smoking / drinking age should be excluded)
2. 論題の補足定義:
① “age of adulthood”「法的な成人年齢の引き下げ」としては,a) 選挙権・国民投票上の権利が発生する年齢,b)民法・商法に関わる契約(婚姻も含む)・取引が保護者の承諾なしで可能となる年齢,c) 少年法が保護の対象とする少年の年齢の上限の3つをひとまとめに引き下げることだけを意味するものとします。選挙権だけを認める主張や,少年法だけなどの部分的な年齢引き下げのディベートは行ってはなりません。また,結婚は認めるが,商法上の契約権だけは除くなど,以上のどれかを部分的に除外することも許されません。
② 逆に,これ以外の法的な適用年齢の変更は議論に「引き下げ」の議論に含めないものとします。とりわけ現在の日本では喫煙や飲酒,競馬・競輪・競艇も20歳からとなっていますが,それらの点は健康問題,ギャンブルの是非など全く別の複雑なディベートを誘発してしまいますので,変更しないものとし,議論に含めることを禁止します。また一見関係しそうな,被選挙権(一般的に25歳以上,参議院議員のみ30歳)の年齢の引き下げや,国民年金の保険金の支払年齢を引き下げることなども許されません。
③ 「18歳」とは,満18歳に引き下げることのみを意味します。例えば「満18歳になったあと次の4月1日から選挙権を認める」などの例外規定を肯定側が設けることはディベートでは禁止とします。
3. プランの許容範囲:
肯定側は,立論において,論題を実行する上での具体的な計画(プランplan)について述べることが奨励されます。しかし,「プラン」で許されることは,基本的には,以上の論題を実行する上でほとんど直接関係することがらだけです。
例えば次のようなプランは,政策を実行する上で必要であるので,許容されます。
○「引き下げ」に関わる法律と各地方公共団体の条例は全て適宜変更する。
○「引き下げ」について,中学・高校生も含め,全国民に周知徹底を図る。
○周知期間として5年間(ないし10年)を置くことにする。
(あるいは「施行は,2013年から」などと言っても構いません)
○周知のためには年間10億円程度の予算を設ける。
○選挙に関わる予算は18歳・19歳の有権者人数の増加にあわせ適宜拡大させる。
○18歳・19歳の収容が減るのにあわせ,少年院予算も適宜縮小させる。
こうしたプランは,論題ときわめて直接的につながり,現実的に政策を実行する上で不可分なほどに合理的な付則であるので,肯定側が(諸々のDisadvantageへの反論材料とするためにも)述べることは許されます。ただし,(以下でも解説しますが),小・中・高校生に成人年齢の引き下げを広報し,周知徹底をすること自体は許されますが,選挙に関わる教育を充実させたり変更させたりすることなどは(引き下げとは全く独立な問題であり)許されません。
4. プランの反則例:
逆に,論題の定義と直接には関係しない計画や,一見すると関係しそうなことがらであっても,次のようなプランを肯定側立論で述べることは,許されません(もちろん肯定側だけでなく,否定側も,以下のような政策が「成人年齢の引き下げ」にともなって行われると決めつけることも許されません)
×喫煙や飲酒を18歳から認める。
×競馬・競輪・競艇などのギャンブルを18歳から認める。
×国民年金を18歳からの強制加入にし,保険料支払いも原則18歳からとする。
×高校・中学で選挙についての教育を行う。
×模擬選挙などを行って若者の意識を変える。
×選挙に誰もが行きやすいように工夫する。
×インターネットや携帯での選挙活動を許容する。
×高校・中学までに契約,借金の怖さ・詐欺など商行為についての授業を行う
×お金の使い道については,親と良く相談するように教育する
×高校・中学で性教育・結婚についての授業を行う
×離婚は20歳まで禁止する(あるいは離婚の成立要件を厳しくする)
×刑法や犯罪について授業でもっと教える。
×罪を犯さないようにもっと道徳教育を充実させる。
×刑務所を改革し,より職業教育を充実させる。
×18・19歳への刑としては,懲役・禁固の代わりに少年院収容できるようにする
こうした政策のいくつかは,もし「成人年齢の引き下げ」が行われたとしたら確かに現実の政治では,実行されることもありえるかもしれません。しかし,全国大会で行われる高校生のディベートでは,あまり不必要に議論の範囲を広げすぎないように配慮するという,教育的な大原則があります。
言うまでもないことですが,以上の反則は例であって,ここにあがっていないからと言ってプランが許容されるわけではありません。とりわけ,プランを出す上で反則にならないかを疑問に持った場合,次のような二つの問題意識を持つことが重要でしょう。
A) 最初に発表された論題の定義に入っていない,本質的でない部分を付け加えていないか?(アンフェアに問題を拡大していないか?)――この論題の定義となっている三つの領域は,投票権・契約権・刑事訴訟上の責任という,大人としての意志決定能力・責任能力がはたして何歳から認められるべきかという,成人年齢問題の本質に最も触れる領域です。それ以外は,仮に現在の法律上たまたま20歳から許されていたとしても,あまり本質的な関連はない領域です(例えば,喫煙の是非は,健康被害の問題が主と言えます)。三つの領域に直接入っていない問題領域を議論しようとするのは,だまし討ち的でありアンフェアである可能性が高いです。
B) 定義で出てきた三つの領域の「成人年齢の引き下げ」をしなくても実行できるプランかどうか?(政策的に独立した問題でないか?)――例えば,日本を除くほぼ全ての先進諸国では18歳から選挙権が認められていますが,タバコや飲酒を21歳からしか認めない先進国は多数あります。つまりタバコや飲酒年齢は,成人年齢とは全く独立に判断できます。同じことは,例えば選挙教育についても言えます。選挙権が20歳からであろうが,18歳からであろうが,選挙教育などは充実しようと思えばできるので,今回の論題とは全く独立した問題であり,プランとしては認められません。
いずれにせよ,なるべく「ずるいプラン」は出さず,「本質的な議論」で勝負するように心がけて下さい。
プランの反則例(補足① 選挙教育):
地方予選などでは,とりわけ選挙についての教育などが,この論題と一見関連しそうに見えるためか,プランで打ち出されるだけでなく,場合によってはプランを用いてAdvantage(例えば「政治参加意識の向上」)の証明としても使われていました。地方予選などでは,とりわけ選挙についての教育などが,この論題と一見関連しそうに見えるためか,プランで打ち出されるだけでなく,場合によってはプランを用いてAdvantage(例えば「政治参加意識の向上」)の証明としても使われていました。
しかし,上でも述べましたが,選挙教育の充実や模擬選挙などは,論題の定義,とりわけ権利や責任の「年齢の引き下げ」とは本質的に関係がありませんし,肯定側が論題の領域を自分の有利に拡大しておりアンフェアです。また実際のところ,模擬選挙は,現在でも一部行われていますし,逆に成人年齢を20歳にしたままでも,選挙・政治教育の改善は行うことができます。つまりは,全く独立した問題なのです。
以上の理由により,全国大会では,たとえ肯定側がこのようなプランを述べたとしても,ジャッジはルール上これを無視することになります。もちろんこうした論題の定義から外れた教育プランからのみ生じる影響は,相手が何も言わなかったとしても,利点Advantage(AD)としてはカウントされません。もちろんジャッジがうっかりミスをしないように,相手側は,アタックなどでこの反則を指摘することも奨励されます。
もっとも,相手側としては,そもそも選挙教育や(道徳教育)の題目を変えただけで,人間の意識や行動が良くなるという議論は,かなり非科学的な精神論のたぐいであるということも反論できましょう。選挙・道徳教育がうまくいくと論じるには,統計などの科学的な証拠が必要です。これは,プランとして許容される「広報・周知徹底」についても言えることです(そうした広報の結果,混乱などは防げるでしょうが,選挙の投票率が上がるとまでは,証拠なしには全く言えません)。
ただし,混同しないでほしいのですが,「プラン」を付け加えないのならば,例えば「選挙意識の向上」・「民主主義教育」などに役に立つと論じるような,ADを述べることは許されています。
AD 選挙教育の充実(例)
a) 現状:選挙年齢が20歳だと,将来のことすぎて,親も子供も選挙に関心がないし,学校教育でも力が入れられていない(統計などの証拠をだします)
b) 効果:選挙年齢が下がると,問題が身近になり,結果として今より選挙に関心が高まり,今のカリキュラムのままでも投票率があがる(他国の例などを証拠として示します)
c) 重要性:こうした政治意識の高まりは,より良い民主主義にとって重要(専門家の証言などの証拠を示します)
この議論の場合は,選挙への意識の向上が,あくまで論題の定義の範囲でのプランから生じる効果effectとして論じられていて,教育のプランを何も出していません。それ故,まったくルール上は正当な論証となり,問題はありません。
プランの反則例(補足② 年金の負担年齢):
そのほかにも,年金を18歳から集めるというプランを論じたケースが地方大会では見られたようです。が,全国大会では,年金(正確には,国民年金の保険料)の支払いを18歳からにすることをプランとして入れるのは禁止します。
地方大会では,18・19歳人口からも年金を集めると,高齢化社会にあってメリットが大きいと論じるケースなどがあったようですし,確かに,仮に成人年齢の引き下げが行われると,それにかこつけて国民年金の強制加入年齢も引き下げられる可能性はあります。しかし,それはそれとして,このディベートでは年金プランは除外すべきです。理由は,以上で述べた原則に従い,二つあります。
一つ目の理由は,年金加入年齢の強制的な引き下げは,最初に想定した「成人年齢」の定義の三つの要件に入っておらず,しかも成人の意志決定能力とも責任能力ともほとんど関係ありません。国家の年金財政ディベートという全く異なった(色々と制度的に複雑であるだけでなく,ある意味では専門用語と数字ばかりでつまらない)ディベート領域を開いてしまいます。こうした問題領域を今さら付け加えるのは,それを想定しなかった地区にはアンフェアであるだけでなく,そもそも高校生に過度の負担を強いることになります。
二つ目の理由は,年金問題は,成人年齢と現実の政策上も独立した問題であったし,現にあるからです。1986年までは,そもそも国民年金は強制加入ですらなく,1991年までは20才以上であっても学生ならば加入義務はありませんでした。現行の制度でも,20歳以上の成人であったとしても,学生の間は保険料支払を猶予されています。また,そもそも一般の企業・公務員として高卒で常勤している18・19歳の人は,現在の制度でも,厚生・共済年金の保険料を支払っているはずです。これらの点からも,成人年齢の引き下げと年金保険料の納付はまったく独立した政策として決められうるのです(年金といっても,現行の制度上は「国民年金」に相当する部分だけ18・19歳に加入義務がないだけのことです。もちろん政権次第では,年金の一元化や保険料の税負担化などの制度改定も行われる可能性があります。色々と難しい専門用語をあえて使っていますが,要するに分かっていただきたいのは,年金制度のディベートは可能ですが,大人でも手に負えないほど複雑なのです!うかつに高校生のディベート大会で持ち出すべきでないことは,合点いただきたいものです)。
5. プランとAdvantage,Disadvantageとの選択:
論題の定義などに明記したように,成人年齢を引き下げる肯定側のプランとしては,必ず上記の三つの領域が含まれ,どれか一つを落とすことは許されません(繰り返しになりますが,例えば肯定側が,「少年法は変えない」と宣言するのは許されません。選挙・商法・民法上の権利についても同じです)。
ただし,論点Advantage (AD),Disadvantage(DA) として何をとりあげ,何に中心的に時間をさいて論じるのかは,各チームに任されています。以上の定義を守れば,どのようなADやDAを出そうともルール上は許されます(強い弱いは別として)。
この点で一点注意が必要なのは,このディベートの大会のルールでは,論点Advantage (AD),Disadvantage(DA) として立論で出して良いのは,あくまで二つまでであるということです。このルールに今年も変更はありません。ですからプランとしては三つ一セットで実行するとしても,実際の論点として証明するのは,あくまで一つか二つの論点だけということになります。
たとえばルール上は,ADとしては,別に選挙の話だけを展開しても良いですし,三つの領域を組み合わせた(「大人としての責任」などの)論点をだすのも可能ならばOKです。とはいえ,多くの場合は,プランの領域の一つか二つに集中し,残りの一つは論点としてふれないことになるでしょう。これは否定側についても言えます。具体的には,次のように肯定と否定で強調点の全く違う試合も考えられますし,ルール上は問題ありません。
AD1 選挙権年齢引き下げの利点1
AD2 選挙権年齢引き下げの利点2
DA1 少年法年齢引き下げの弊害1
DA2 少年法年齢引き下げの弊害2
他にも,仮に肯定側立論が少年法にだけまったくふれていなくても,以下のような戦略は,ありえます(肯定側のAdvantageの選択に,否定側は左右される必要はありません)。
AD1 選挙権年齢引き下げの利点
AD2 商・民法的な契約年齢引き下げの利点
DA1 少年法年齢引き下げの弊害1
DA2 少年法年齢引き下げの弊害2
ですから仮に自分のチームの立論では,例えば少年法についてADとしてはふれていなかったとしても,アタック担当者は,少年法に関わるDisadvantageについてアタックできるよう準備しておく必要があります。
もちろん,以下のようにエリアを揃えて,あえて「がっぷり四つ」に否定側が立論を展開するのも,一つの立派な戦術です
AD1 選挙権年齢引き下げの利点
AD2 商・民法的な契約年齢引き下げの利点
DA1 選挙権年齢引き下げの弊害
DA2 商・民法的な契約年齢引き下げの弊害
いずれにせよ否定側立論は,肯定側立論を聞いた後で,多少は変更するのが本来は望ましいことであるのは言うまでもありません。